現代の産業を一変させた青色LED訴訟「通称、中村裁判」が約8億円という和解で一応の決着をみた。技術者のイチローはありえるか?企業と社員の関係は?企業側と技術者、いやすべてのサラリーマンの関心と思いを載せたこの訴訟劇には、僕も色々な意味でひときわ関心があった。 和解内容を聞いて、確かに金額は8億は少し安いかなというのが個人的見解。20億くらいはあっても良かったのではないか。日亜と中村氏の貢献比率は半々だったと思う。ただし、それを根拠にした一審の200億円という判決はは高すぎた。リスクを会社が負っていた事実は重視しなければならない。また、製品化には発明だけでない様々なコストや人の貢献が必要だったという日亜の主張は良く分かる。 もし、中村氏が会社と対等の権利を主張するなら、何らかの方法で会社とリスクも折半する必要があっただろう。また、成果物の扱いで会社と合意する必要があっただろう。もちろん、自分で会社を興して事業化していれば、たかだか200億円だの600億だの”はした金”でなく、巨額の富も得られたことだろう。ただ失敗すれば、また相応だけれども。 世間では金額ばかりが議論の的になっているが、重要なポイントはそれだけではないように思う。中村氏の随所での発言を読んで感じた事。それは日亜の中村氏への根本的な姿勢への疑問だ。 (中村氏がこう考えているかは分からないけれど)たいてい技術者なんていうのは、自分の研究を安心してできて、それがきちんと認められ、敬意をもって扱われれば、それなりに満足してしまう、ある意味おめでたい生き物なのだ。 日亜や多くの企業マネージャーが主張する、周りの人間とのバランスというのも重要だと思う。それを無視して誰かに突出した待遇をすることが組織の秩序を乱してしまうのは、やはり現実としてある。実力主義のアメリカは、という議論が出るけれど、ここは日本。日本には日本の風土があり国民性もあるのだ。それを無視して他国の風土を持ち込もうとするのは荒唐無稽ですらあるし、国土の狭さを嘆くような無意味さもある。その点で技術者はアメリカに渡れの中村氏の主張(多分、警鐘を鳴らすために言っているのだとは思うが)はまっすぐ受け取れない。 ただ、言いたいことはそんなことじゃない。日亜は、人間、中村に対するもっとあたりまえの、基本的なものを見損なっていたのではないか。新しい道を切り開いた者への敬意が欠けていたのではないか。尊敬、尊重、感謝。小学生でも知っているごくあたりまえの事だ。それがあったなら、同じ研究を米国でするななどという提訴などできないはずだ。中村氏の随所での発言から感じとれるのは、研究への妨害、無理解、嫉妬、軽蔑、横並び主義。そういう会社側の姿勢が、中村氏をあれほどに激怒させ、あのような訴訟につながった一因ではないかという気がする。 さて、面白いと思ったのが今回の和解での両者の反応の温度差だ。 一人の成果ではないことが認められて満足げの日亜と、司法制度が腐っているとまで言う、怒り心頭の中村修二氏。 これほど明暗が分かれた和解(和解といえるのか?)も珍しいが、ここで改めて今回の件で本当に得をしたのはどちらで、損をしたのはどちらかを考えると興味深い。 青色LEDおよび青色レーザー発明者としての名声を欲しいままにし、米国の大学で新天地を切り開き、ノーベル賞に最も近い日本人とさえいわれる中村修二。訴訟も皮肉な事に彼の知名度をますます上げる結果となった。加えて(少ないとお怒りかもしれないが)8億円という和解金まで勝ち取った。 一方、企業イメージを傷つけられ、訴訟がなければ払わないでも済むはずだった8億円を払う羽目になり、そして何より、中村修二という超一流研究者を失った日亜化学。 さて、本当の勝者はどっちだろう? もし日亜が中村修二氏ともう少し上手くつきあっていたなら、わずかな報酬で一流の研究者を無二の戦力として活かせただけではない。図るとも図らずとも広告塔としても活かせ、そんな中村氏に憧れて優秀な若者が大勢日亜を目指しただろう。そういった、直接的、間接的に得られるはずだったもの。日亜が失ったものはあまりに大きい。ノーべル賞学者の田中耕一氏に、低報酬でも満足していますと言わしめて株を上げた島津製作所と対照的で、悲しくすらある。だから僕は日亜にあえて同情したい。僕は日亜化学の製品をわずかだけど購入してこの会社にお世話になってもいるのです。 本当に、色々な意味でも示唆に富んだ訴訟劇だったといえるだろう。一番重要なことはこの出来事から企業が何を学ぶかだろう。金額の高低だけに注目しているようでは、お先は少し暗いだろうか。。 さて、中村氏はこれからどうする?訴訟が一段落し、いよいよ研究に専念できるのだろうか。これからどんな成果を出すのだろうか。それに注目したい。もし日亜や今の裁判制度に一矢報いたいと思うなら、青色LEDを超える次のヒットを出すことが、唯一最大のリベンジになると思うのだけど。 2005年1月12日 |